人間の潜在能力への深い信頼

アメリカ心理学会のマーチン・セリグマン博士の「心理学革命」は、「フロイト以来の革命」と呼ばれる。そこには、人間の潜在能力への深い信頼がある。
 
たとえば学校教育でも、「成績不振のほとんどは、能力のなさからきているのではない」と博士は言う。
むしろ「自分を悲観的に見る習慣」からきている。じぶんは「頭がよくない」「才能がない」と思いこんでしまった子は、何か壁にぶつかると、すぐにあきらめてしまう。「どうせ、やったって、同じだ……」
それは「やる気がない」のではない。「能力がない」のでもない。壁を越えるための「楽観主義」を身につけていないだけなのだ。
「モーツァルトのような才能と成功への熱い意欲を持った作曲家も、自分はうまく作曲できないと思いこんでいれば、結局成功しない。
思うようなメロディーが浮かばない時、簡単にあきらめてしまうからだ」(マーチン・セリグマン著『楽観主義を学ぶ』〈邦題『オプティミストはなぜ成功するか』〉山村宜子訳、講談社文庫)

親が「この子は、頭がよくない」と考えるだけで、子どもも、それを感じて、自分に悲観的な評価をくだす。
まして、テストで悪い点を取るたびに、「いつも、努力しないのね」「怠け者ね」「答えを検算しないのは、いいかげんだからよ」などと言われ続けたら、子どもは自分でも「私は怠け者で、いいかげんな人間なんだ」と、だんだん思いこんでいくだろう。
部屋を片付けないと「何て、だらしのない子!」と言う。言うたびに、そういう否定的な「自画像」が子どもに刷りこまれていく。その結果、実際に、そういう人間に近づいていく。親が、そのように仕向けたようなものである。
失敗するのではと、びくびくするから、なお失敗しやすくなる。
子どもが積極的な考え方をするようになるためには、「これをやらなければいけない」と言うよりも、「あなたなら、これができるよ」と言ったほうがいい。
失敗しても、叱るより、「今度は、あなたらしくなかったね」と言ったほうがいい。
ほめればいいというのではなく、壁を乗り越える「自信」と、乗り越える「喜び」を伝えていくことであろう。

セリグマン博士は「現代は、過去のどの時代よりも豊かで、平和であるにもかかわらず、多くの人が悲観的になり、『うつ状態』の人も激増しています。これは大きな逆説です。『悲観主義という伝染病』の原因としては、自分のことばかり考えて、もっと大きな存在 ― 宗教とか国家とか大家族、地域社会との絆を失ってしまったこと。そして教育が、子どもの気分をよくさせ、自尊心を傷つけないように配慮するあまり、『失敗を恐れず、困難を乗り越えることに喜びを感じる生き方』を教えないことなどが考えられます」と分析しておられた。

自分のことだけという利己主義を、大人が捨てよということだ。
壁を乗り越える生き方を、大人が示せということだ。
興味深いのは「子どもの楽観度は、母親の人生への楽観度と、実によく似ている」という博士の調査結果である。女の子でも、男の子でも、母親に似て、父親には似ないのだそうである。(「希望の世紀へ」)


長文失礼いたしました。
深く、深く心に刻みます。