スポーツは「良い子」を育てるか 永井洋一①
生まれつき"に大きく左右される「筋力」
筋力とは文字どうり、筋肉が出す力の大きさを示す要素です。スポーツの中で動きの「力強さ」を形作ります。たいていのスポーツでは、一瞬のうちに大きな筋力を発揮する能力である「瞬発力」が優れているほど、好ましいとされます。筋力には、この瞬発力の他に、一定のレベルの筋力を長時間出し続けることのできる「筋持久力」という要素もあります。同じ動作を反復しても疲れにくい筋肉は、筋持久力に優れているといえます。これらの筋力の強さは、遺伝的な要素に大きく左右されるといわれています。足の速い子、力の強い子は、もともとそういう能力を持って生まれてくるケースがほとんどであるとされています。ですから、少年期のスポーツで活躍する子供の多くは、生来の筋力に優れた子供なのです。しかし、思春期以降になると、トレーニングによって筋力の強さを身につけていくことが可能です。
少年時代にもっとも大事な「調整力」
動きを素早く、上手く、バランスよく行おうとする要素です。プレーの「巧みさ」を形作ります。調整力はスポーツのテクニックを習得するときに最も重要な役割を果たすもので、10歳前後から12,13歳くらいまでの時期に最も伸びるとされています。この年代を、スポーツのテクニックを獲得するのに最も適した年代ということで、「ゴールデンエイジ」と呼ぶことがあります。調整力に含まれる素早い動き、つまり「敏捷性」は、「瞬発力」とも深い関係にあります。
ゴールデンエイジと動きの「ひな形」づくり
アメリカ・メジャーリーグで大活躍のイチロー選手が「今の自分のバッティングの基礎はすべて、小学 5・6年生のときの練習にある」と語っていました。イチロー選手はその頃、父親と一緒に毎日のようにバッティングセンターに通い、速いボールに合わせてバットを振る練習を重ねていたそうです。このエピソードには少年時代の成長とスポーツの関係を理解する上での、重要なメッセージがふくまれています。
人間の体の機能は、生まれて成人になるまで、全ての要素が均一にバランスよく育っていくわけではありません。あるときにはAという要素が、またあるときにはBという要素というように、成長の時期によってそれぞれの要素の発達する割合が異なってきます。それを分かりやすく表したものが、スキャモンの発達曲線です。この発達曲線から、小学生の後半、10歳以降の時期に「神経系」の機能の発達を示す「神経型」の曲線がピークに近づいていることが見て取れます。脳をはじめとする神経系の機能は、10歳で大人のほぼ90%近くにまで発達してしまうということです。だからこそ、その神経系の働きに最も深く関係する巧みさのトレーニングは、ゴールデンエイジと呼ばれる10-12・13歳くらいのときに集中して行う必要があるのです。
例えば野球のバッティング動作では、まず眼で飛んでくるボールを捕らえ、球筋を見積もりながら、どのタイミングで足を踏み出し、体をひねり、バットを振ればいいかを瞬時に決定し、実行に移さねばなりません。眼と体の正確な供応動作を、一瞬のうちに行わねばならないのです。イチロー選手は11-12歳の頃に、バッティングセンターで毎日のように速いボールに合わせてバットを振ることで、眼と体の供応動作を存分にトレーニングできたのです。どんなボールにでも巧みにバットを合わせてしまうイチロー選手の高度なバッティング技術は、彼の体の発達過程で最も適した時期、つまりゴールデンエイジに、最も適した環境が用意されたことで身についたといえるでしょう。
少年時代のスポーツでは、「力強さ」や「粘り強さ」よりも、「巧みさ」を特に刺激しておくべきであることが分かって頂けたと思います。ところが、「強さ」「粘り強さ」を前面に押し出して、いわゆる体力勝負を仕掛けていけば、多くの少年スポーツで勝利が得やすいという現実があります。しかし、そのように「強さ」「粘り強さ」を「巧みさ」の上位に置くようなスポーツ環境は、子供の発達のメカニズムからいえば適切ではないのです。
その適切ではない環境づくりの結果、スポーツを行う子ども自身にどのようなデメリットが生じるかは、すぐには認識できません。認識できるのは、中学生後半、あるいは高校生になってからです。急激な体の成長が一段落し、体力トレーニングによって自分の劣る部分を強化できる年代になると、「強さ」「粘り強さ」を前面に押し出してきた選手が自分の技術の未熟さに気づき、改めて技術の「巧みさ」を磨こうと思っても、もう手遅れなのです。それを身につけるために最も適した時期であるゴールデンエイジは、もうとっくに過ぎてしまっているからです。
※続きます。